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ゆみおかの日記や何気なく思ったこと、また、同人サークル「みおつくし」の情報など。 フリートークも多いですが、同人の話も多々含まれますので、苦手な方は引き返しましょう。   リンクにつきましては、カテゴリアーカイブの中の「リンクについて」をクリックして、 その中の最新の記事を読んでいただけると幸いです。といいますか、読んで。   ブログに対するコメント(つっこみ)も大歓迎。
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・・・えと、少々、鬱展開の話になるので
ダメな方は引き返してください・・・。

先日、たまたま『シゴフミ』を見ることがありまして、
第何話なのかはよくわからないのですが、
一人の生徒が飛び降り自殺をした話でした。

その自殺した生徒の父親が、友人だった同級生に
「なぜ息子は自殺したのか。
 息子の友達なら、理由を知っているだろう」
と詰め寄り、その問われた生徒は
「父親なら、あなたこそ知っているはずでしょう。
 どうして彼は自殺したのですか」と
聞き返すという展開でした。

結局、自殺した生徒の「シゴフミ(死語文)」で
特に理由があって飛び降りたわけではないということが
わかる・・・という話でした。

話のラストでは自殺した生徒の友人が
「彼はただ一歩を踏み出せただけ」みたいなことを
モノローグでいっていたと記憶していますが、
その言葉がとてもよくわかるのですよね・・・。

積極的ではない自殺。


「死にたい」というわけではないのです。
ただ、特に生きていることに積極的ではない。
死ぬことにも生きることにも積極的ではない。

わたしもこのあやふやな状態を
常に過ごしてきているから。

もし何か条件が違っていたら
わたしはここにはいなかったかもしれない。
たまたま、わたしは前述の「一歩」を
踏み出さなかっただけ。

生きることに積極的でないことからの自殺、
積極的ではない自殺なので、
なにかしらの準備をするわけでなく、
ふと、電車のホームから線路へ飛び降りたり
高層の建物の屋上から飛び降りたり
一瞬の行為で「一歩」を踏み出せば
もうここにはいなかったかもしれない。

目指すものがあるわけでなく、
たどり着きたいところがあるわけでもなく、
守りたい(守るべき)ものがあるわけでもなく。

そういう状態が一番危険なのですよね。
未だにわたしがその「一歩」を踏み出せないことは
とても幸運なことかもしれない。

ふらふらと綱渡りしながらも
わたしはまだ生きている。

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