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ゆみおかの日記や何気なく思ったこと、また、同人サークル「みおつくし」の情報など。 フリートークも多いですが、同人の話も多々含まれますので、苦手な方は引き返しましょう。   リンクにつきましては、カテゴリアーカイブの中の「リンクについて」をクリックして、 その中の最新の記事を読んでいただけると幸いです。といいますか、読んで。   ブログに対するコメント(つっこみ)も大歓迎。
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今回は、ゆみおかお得意の、
ネガティブ思考炸裂の酷い内容になります。
・・・ので、ダメな方は読まないでね。

「死にたい」と思ったことはありません。
それは、わたしの数少ない
自慢になるのかもしれません。

・・・でも、なぜ「生きている」のだろうか。

進んで「死にたい」とは思わない。
でも、「死んでもいいのではないかな」とは
ふと思うことが何度もあります。
自分がここにいる価値がわからないため。

例えば、わたしがふと、いなくなったとき、
何か事態が変わるでしょうか。
きっと、何も変わらないでしょう。
わたしの存在がなくなることによって
損をしてしまう人はいないわけですから。

もし、わたしがいなくなったときに
悲しむ人がいるでしょうか。
・・・これに関しては「いない」とは
いえませんが。
両親や両祖母(両祖父は既に他界)は
悲しんでくれるかもしれません。
・・・ですが、それだけでしょう。

今、わたしをつなぎ止めているのは
その「親類」です。
その「親類」に必要とされなくなったら
生きている意味・価値がなくなるわけです。

わたしは必要とされることで、
生きているということの意味を持ち、
必要としてくれる人の都合に合わせた
人物として生きているわけです。

わたしの今の性格は、
今まで必要としてくれていた(であろう)人の
都合に合わせて変わっていきました。
・・・つまり、その人に不要とされた時点で
ここまで形成された性格は
意味のないものになってしまったわけです。

生きていることで迷惑がかかるならば、
わたしを必要としてくれる人がいないと
そう判断できた時点で、
死んでも(死んだ方が)いいのではないかな。

ちょうどいい具合に、
わたしは誰からも借金をしていませんしね。







なぜ、わたしは生きているのかな。
なぜ、生きているのかな。
まだ今すぐに死のうとは思いません。
でも、なぜ生きているのかな。

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